特集記事

今年は申年 干支にまつわるエトセトラ


丙申はどんな年なの?
申年に関する耳より情報も合わせてご紹介します。

来年は申年 干支にまつわるエトセトラ

 来年の干支は申(さる)ですが、正しくは「丙申(ひのえさる・へいしん)」にあたります。
干支とは? 丙申はどんな年なの? 申年に関する耳より情報も合わせてご紹介します。

三浦康子さん

三浦康子さん

プロフィル
和文化研究家、All About「暮らしの歳時記」ガイド。『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)など著書多数

 

意外と知らない干支の話

干支は「十干十二支」

 干支は正確に言うと「十干(じっかん)十二支」のこと。中国の暦が起源で紀元前には誕生し、「甲、乙、丙…」と続く10種の「干(かん)」と、「子(ね)、丑(うし)、寅(とら)…」と続く十二支を組み合わせたもので、平成28年は「丙申」。

 日本では一般的に十二支が使われていますが、「〝干”は幹で〝支”は枝を意味する」との説があるように、専門家によると「干」が大事だとか。ちなみに、十二支の漢字と動物はもともと関係がなく、なぜ動物名が当てはめられたのかも諸説あるそうです。

十干十二支とは?
 十干は「甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸」。十二支は「子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥」。十干と十二支を組み合わせたものが干支。1番目の「甲子(かっし)」から60番目の「癸亥(きがい)」まで60の組み合わせがあります。「戊辰」戦争や「壬申」の乱も干支から命名。「還暦」は干支が60年周期であることに由来します。

丙申は変革の年?!

 では「丙申」とはどんな年? 史学研究や易学などの専門家によると、「丙」は火に関係のある字源で、「申」は「伸」と同義語。合わせて「丙申」は、「陽気が盛んで発展する様子」から、「変革の年」「革命の年」ととらえられているようです。

 振り返ると、江戸時代の享保元(1716)年には享保の改革が、また明治29(1896)年には長期政権の伊藤博文首相が辞職するなど、確かに「変革」を思わせる出来事も。戦後2度目の丙申となる来年は、どんな出来事が刻まれるのでしょうか。

丙午の出来事
1716年 徳川八代将軍の吉宗「享保の改革」着手。大坂で大火
1836年 米の凶作、高騰により三河で農民が暴動。各地で飢饉
1896年 伊藤博文首相が内閣不統一で辞表提出、黒田清輝枢密院議長を臨時首相に
1956年 投機ブームで神武景気と呼ばれる。経済白書に「もはや戦後ではない」と記述。
     原子力委員会の発足

申も猿も「神」にまつわる縁起もの

 「申」という文字は神のもとの字。申年にあてはまる動物の「猿」も、古代エジプトや中国など世界各地で神聖なものと考えられてきました。日本でも、ニホンザルを〝神の使い〟とした例がたくさんあります。

 例えば「猿神」。猿を山の神、太陽神の使者として祀ったもので、滋賀県日吉大社の「神猿(まさる)」が有名です。猿は「去る(さる)」に通じるため、「難が去る」と信じられてきました。大道芸の「猿回し」も、難が去る縁起の良い芸として正月などに盛んに行われるようになったそうです。

厩神(うまやがみ)
猿は馬の守護神とされていたため、馬を守る存在として厩(馬小屋)に猿を祀っていました。この理由から、相性の良いもののたとえで「猿に絵馬」ということわざも生まれました。
猿ぼぼ
岐阜県飛騨地方で作られる人形で、赤い体に黒い頭巾と腹掛けをしています。「猿ぼぼ」とは、飛騨弁で猿の赤ん坊という意味で魔除けのお守りです。
身代わり猿
猿のつるし人形で、奈良町庚申堂・庚申信仰のお守り。赤い体を手足でくくり、災いを代わりに受けてくれるので「身代わり猿」と言われています。背中に願いごとを書いてつるせば願いがかなうとされ、「願い猿」とも呼ばれています。
くくり猿
猿の手足をくくった人形で京都市東山区金園町の八坂庚申堂(こうしんどう)・庚申信仰のお守り。欲望のまま行動する猿をくくりつけた姿で、努力の妨げとなる欲を抑え、努力する心を保ち、願いごとをかなえるとされています。
申の土人形

「申」の土人形(倉敷市の造形作家・眞鍋芳生さん作)。
「難がさる(去る)」と縁起の良い干支の置物は「例年より好評です」と眞鍋さん

顔写真でコラージュした猿の絵馬

市民533人分の顔写真でコラージュした猿の絵馬。
北区石関町の岡山神社に奉納され、来年いっぱい境内に飾られる。写真提供は企画した「シファカ」(北区石関町)

岡山にも「見ざる聞かざる言わざる」の「三猿」

 三猿(さんえん)とは、「見ざる、聞かざる、言わざる」のポーズを決めた3匹の猿のこと。栃木の「日光東照宮」が有名ですが、岡山市にも祀られています。東区瀬戸町南方の三谷公園入り口にある神社「金剛童子」は、病気の神様、子どもの守り神として地元の人に信仰。猿を神の使いとした庚申(こうしん)信仰と関係が深く、お堂にはたくさんの「くくり猿」がつるされ、裏側に三猿があります。

 岡山市出身の随筆家・小説家の内田百閒は、子どものころ、信心深い祖母に連れられ、この神社へたびたび参拝。その様子は著作の中でも紹介されています。

三猿

神社「金剛童子」の裏にひっそりとたたずむ三猿

申年の「赤い下着」にはご利益アリ

 日本各地には「申年に申年生まれの女性から赤い下着をもらったら病が去る」という伝承が存在するそう。近年では、「申年に赤い下着をプレゼントされたら長寿のご利益がある」と、申年を迎える年の瀬には百貨店やスーパーなどで赤い下着の特設コーナーがお目見えします。

 下着メーカー「ワコール」では平成16年の申年に赤い下着の需要が大幅に増加。天満屋岡山店2階の担当者によると、「今は若い世代の方が自分用に買われるケースも多い」と話しています。

赤い下着のコーナー

天満屋岡山店2階のワコール売り場では、申年恒例の赤い下着のコーナーを設置

参考文献
干支の研究に取り組んだ作家による『干支から見た日本史』(邦光史郎著/毎日新聞社)。中国と日本の文献を網羅した書物『干支紀年考』(奥野彦六著/酒井書店)。『十二支考』(南方熊楠著/岩波書店)など

「リビングおかやま」2015年12月27日号掲載

ページトップ