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在住外国人が岡山で切り開く仕事みち


在住外国人が岡山で切り開く仕事みち

在住外国人が岡山で切り開く仕事みち

母国を離れ、遠く岡山で働く外国人。どうして岡山で仕事をしているの? 言葉の壁や生活習慣の違いを乗り越えながら、真摯(しんし)な姿勢で仕事に向き合う4人にインタビュー。岡山の好きな場所や食べ物も聞きました。

ストーレンマイヤー・ジョナサンさん

ストーレンマイヤー・ジョナサンさん

初めて見た〝石場建ての家〟にノックアウト!
世界にも通用する工法を広めたい

ストーレンマイヤー・ジョナサンさん

大工 fromアメリカ

「昔話に出てくる金太郎がかついでいた鉞(まさかり)で、木を切り込むのが大好き。家の庭で練習していたら、近所のおじいさんに〝その音、懐かしいなぁ〟と声を掛けられて、一緒にお茶を飲むこともあります」とは、ストーレンマイヤー・ジョナサンさん。

高校生のときから大工に憧れながらも、アメリカでは設計の仕事や船大工、禅寺住まいなどを経験。その間、大学時代に訪れた京都の寺が忘れられず、26歳のとき「日本の伝統建築に携わる大工になりたい」と京都へ。半年間通い詰め、数寄屋建築で有名な「中村外二工務店」に弟子入りを果たします。

「アメリカでは分からないことは何でも聞いてよかったのですが、日本の職人の世界は〝見て盗め〟が基本。最初は空気を読むのに苦労しました」。それでも持ち前のフランクな性格で職場に溶け込み、伊勢神宮の茶室の修繕などを通して、3年間腕を磨きます。

そんなとき、初めて見て衝撃を受けたのが、日本古来の伝統工法・石場建ての家。石の上に柱を立て、木材の足固めで柱同士をつないで建てる工法で、地震に強いのが特長です。御津にある工務店「杣耕社(そまこうしゃ)」の代表・山本耕平さんが手掛けた家でした。石場建てを学びたい一心で倉敷に居を移し、同店で修業を積んで約1年半。「日本の風土に合う工法で長持ちし、世界にも通用する石場建ての魅力を、多くの人に伝えたいですね」

倉敷の酒津公園は、開放的で、散歩道もあり、ヨーロッパの公園みたい。
子どもの声がするとほっとして、アメリカにいる大好きなおいっ子やめいっ子は元気かな?と思い出します。

大島カミーユさん

大島カミーユさん

工房に並んでいるバイオリン、ビオラ、子ども用のチェロ

工房に並んでいるバイオリン、ビオラ、子ども用のチェロ。美しいつやを帯びています

バイオリン製作に磨きをかけるため
日本に行くしかないと決意

大島カミーユさん

バイオリン職人 fromフランス

浅口市鴨方町の住宅街で、日本人の夫とともに弦楽器工房を構えるのは、大島カミーユさん。ものづくりと音楽が好きだったカミーユさんの姿を見て、バイオリン職人への道を勧めたのは、お父さんだそう。17歳のときにフランスからイタリアの学校に留学し、弦楽器と弓の製作を学びました。結婚後もイタリアで製作を続けていたものの、「仕事を広げるには、アマチュア演奏者が多い日本に行くしかないという気持ちでした」とカミーユさん。

2003年、鴨方に工房をオープン。夫の祖父母の住まいがあったものの、仕事のツテはない環境でした。光が見えたのは1年後、チェロ奏者の義兄が所属するオーケストラ公演の帰り道。義兄、夫と一緒に電車に乗っていると、チェロのケースを見た乗客グループから「私たちもチェロを弾くんです」と声を掛けられたのを機に、口コミでお客さんが増えていきました。

バイオリンの主な素材は、カエデやスプルースの木。のこで型取りし、豆のみや豆がんなで削り、鋼板のスクレ-パーで仕上げるなどの工程はすべて手作業。ニス塗りを含めると、1丁作るのに約2カ月かかります。「お客さんと直接顔を合わせながら、仕事ができるので充実しています。修理を終えて〝前と同じ楽器とは思えないほど、いい音がする〟と言ってもらえたときはうれしかったですね。日本人はときどき遠まわしな表現をするから、本心が分からなくて困るときもあるけれど(笑)」。

作り手、弾き手、聴き手がともにハーモニーを奏でる音楽をつくれたらと今日も木と向き合い、心を響かせます。

自然にあふれ、古い家が残っている田舎の風景を見ると落ち着きます。
地元の鴨方(写真)や、井原や美星の辺りも好きですね

ゴラム・サロワーさん

ゴラム・サロワーさん

母国で描いた夢を岡山で実現
刺し身や煮付けもお手のもの

ゴラム・サロワーさん

居酒屋オーナー fromバングラデシュ

「魚が大好きだし、日本の料理を居酒屋で学びたかったんです」とはゴラム・サロワーさん。岡山のインド料理店を経て、居酒屋「下津井港」でアルバイトから始め、前オーナーから2年前にお店を譲り受けました。お客さんからは母国にちなんだニックネーム〝バンちゃん〟と呼ばれ、親しまれています。

「天ぷらや煮付けなど、いろいろな調理法を学ぶのは難しいと思ったら、そこで終わり。失敗を気にせず、まずはやってみようという気持ちで勉強しました。料理の味や盛り付けのほか、席の案内、おしぼりを出すタイミングなどの気配りも大事にしています」。刺し身や野菜の飾り切りもお手のもの。「お正月のおせちは美しい。日本料理の技が詰まっているので、いつか作ってみたいなぁ」とも。

母国から日本に降り立った日、日本語が全く話せない中、日本人が空港から新幹線へのアクセス方法や切符の買い方、乗り方まで親切に教えてくれて、感激したそう。それから約8年、「バングラデシュにいたときから、〝いつか自分の店を持ちたい〟と思っていました。仕事が大好きなんです」。赤ちょうちんをくぐると、バンちゃんの人懐っこい笑顔と心尽くしの料理が待っています。

アコウの煮付けは、目の下のぷっくりした部分が特においしい。また、母国では生魚を食す習慣がなく、刺し身を初めて食べたとき、魚本来の味に驚きました。

ラデック・プレディギェルさん

ラデック・プレディギェルさん

工房に並んでいるバイオリン、ビオラ、子ども用のチェロ

ポーランドで5月に個展を開くため、作品を制作中。持ち運びしやすいよう、いろいろなサイズの色紙に水彩画を描き、パズルのようにつないで1枚の絵に。作品のイメージは「幸せの地図」

邑久の静かな環境が頭のリセットに
地域とかかわりながらアートを発信

ラデック・プレディギェルさん

画家 fromポーランド

「30歳で来岡したとき、僕は〝赤ちゃんになったんだ〟と思ったんです。邑久の静かな環境は、頭のリセットにつながったね」と話すのは、画家のラデック ・プレディギェルさん。憧れの地、フランス・パリのリヴォリ通り59番地にアトリエを構え、世界各国で個展を開くなど、華やかに活動していました。

妻の実家がある邑久に移住したとき、最初に驚いたのは「義母が深々とおじぎをし、〝いらっしゃいませ〟とあいさつをしてくれたこと。そのもてなしに心を打たれました」。美術関係者との出会いから仕事が広がり、2013年の「あかいわART RALLY」では、卵の黄身に顔料を混ぜた絵の具で彩るテンペラ画を地元の小学生に教えたり、「ヨーロッパの家には絵が飾ってあるのに、日本にはなぜないんだろう」という思いから、自身が描いた作品を地域の人たちに貸し出したり。参加者からは「明るい色のすてきな絵で、暗い玄関に希望の光が差しました」など、喜びの声が届いたそう。

また、昨年の「まちアートin備前福岡」では、地球に見立てた井戸にフレスコ画を描いたふたを付け、参加者がふたの口から地球に〝ありがとう〟を伝える催しを企画。現在は今年9月、高梁・吹屋に世界中からアーティストが集うイベント「アート オキュパ」の準備中。「美しい心と未来を育むために、この先もアートにかかわっていきたいです」。

ポーランドは海が遠いのですが、住まいから牛窓オリーブ園が近くてうれしい。瀬戸内海がきれいに見えるので、いつか描いてみたいです。

「リビングおかやま」「リビングくらしき」2015年4月25日号掲載

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